2012年01月06日

ひとりを生きる 女優 大原麗子

BSでやっている、「邦画を彩った女優たち〜ひとりを生きる〜女優 大原麗子〜」です。

この人は、子供心にとっても綺麗な人だったという印象があります。

一体、どんな人だったのでしょうか?

去年の夏に三回忌を向かえた大原麗子さん。
2009年8月3日、自宅の寝室で倒れてこの世を去ります。発見されたのは3日後でした。それは、孤独な旅立ちでした。享年62歳。

かつて、お嫁さんにしたいN0,1女優。「少し愛して 長く愛して」は、有名ですよね。

1983年に公開された降旗康男監督・高倉健主演「居酒屋兆治」では、自ら選んだ孤独によって破滅していく薄幸のヒロイン「さよ」を演じました。
居酒屋兆治居酒屋兆治

このさよは、結婚したにもかかわらず、昔付き合っていた人(高倉健)のことが忘れられずに・・・。最後は、一人さびしく死んでいくのですが・・・。
本人は、撮影が終わった後も、「さよ」に共感した分、自分の中の「さよ」が抜け切れなかったといいます。この映画、舞台は函館で、古い倉庫街でのロケでした。大原麗子の思い入れが強かったからか、映画と現実とが交錯した作品になりました。

大原麗子の「さよ」への想いとは?

昭和21年、文京区に生まれます。父親の暴力に耐えながらの生活。8歳で母とともに家を出ます。
実家に帰るものの、中学校の頃にはおばと衝突、六本木へ行くようになります。

当時流行っていた「野獣会」に入った麗子は、芸能界に入りたいという一心で、15歳で家を出てしまいます。

18歳の時、東映にスカウトされますが、いまひとつぱっとしませんでした。

運命的な出会いは・・・。市川昆監督の「獄門島」。このとき麗子は30歳になっていました。この映画で市川監督と出会い、あの伝説のCM「少し愛して、長く愛して」に繋がっていくのです。

麗子を知る人にとっては、これが、「本来の麗子の姿」でした。わずか60秒で男と女の全てを・・・可愛い女を見事に演じる。大原麗子にしか出来ない役でした。

「おはん」では、妻から男を奪い取る芸者の役でした。麗子は、”おかよ”は、自分にはないので、出すのは難しい・・・。と、悩んでいたそうですが、本当は、自分の中にその情念があり、麗子にしかできない”おかよ”でした。

1986年の木下恵介監督の「喜びも悲しみも幾年月」では、夫・加藤剛の妻を演じました。今までにない、クルクルパーマの良妻賢母の役でしたが、どこにでもいるような普通の女の役を見事に演じました。期待に応えた新しい演技でした。この映画は、すごく高い評価を得ます。

しかし、実際は、渡瀬恒彦さん、森進一さんと結婚・離婚を繰り返し、もう家庭は要らないと・・・。新しい家を手に入れ、映画撮影、スタジオさながらに改築、本読みや練習用のスペースも作りました。

しかし、歳を重ねるごとに主演女優は遠のき。。。しかし、美しいことにこだわる自分、女優ではなく役者としては生きられない自分がありました。

そんな「女優 大原麗子」がひきつけられたのが「さよ」だったのです。自分に正直に生きるがゆえに不幸になっていく「さよ」。役を引きずり「さよ」の抜けない自分・・・。その「さよ」は、芝居としては出ていなかった、「自分」だったのでしょうか?

広い家でのたった一人の孤独な時間が増えます。それは、自分自身と向き合う生活でした。とりつかれたように電話魔になる麗子。そんな麗子は、たった一人で「孤独死」をしたのでした。
簡単な・・・楽な人生を選べなかった・・・。それが、人生の面白さであり、それが大原麗子だったのです。。。


ということですが、本当に、綺麗な人でした。
で、ウイスキーのコマーシャルが印象に残っているせいか、とっても「可愛い人」のような印象を受けます。

↓ランキングに参加しています。黒ハート
↓応援してくれると嬉しいです。るんるん

にほんブログ村 映画ブログへ
にほんブログ村
posted by ちゃーちゃん at 10:13| Comment(0) | テレビ番組 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。