2012年06月06日

「サウンド・オブ・ミュージック」マリアが語る一家の物語

ハイビジョン特集・・・。

「サウンド・オブ・ミュージック」マリアが語る一家の物語です。

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「ドレミの歌」で有名ですよね。
この歌は、サウンド・オブ・ミュージックの挿入歌として、世界的に大ヒットしました。

この作品は、歌が好きな家庭教師と、7人の子供たちとの心の交流を描いたものですが、主役の家族、トラップファミリーにはモデルがありました。

映画では、ナチスを逃れて自由を求めてアルプスを越るところで終わっていますが、実在の一家はその後アメリカに渡り、波乱万丈の一生を送ることとなります。

映画には描かれなかったその後の物語とは、どんなものだったのでしょうか?
その世界一有名な家族の、数奇な運命を追っています。


アメリカ・バーモンド州に、マリアが住んでいます。
1914年に生まれたマリア。
アメリカに暮らして、およそ70年、結婚はしませんでした。


激動の20世紀、戦争に翻弄されながら生きた家族の物語です。
第2次世界大戦直前のオーストリア・ザルツブルグ、作曲家・モーツアルトの生まれた町から始まります。

マリアは、町の郊外の大きなお屋敷で暮らしていました。
3階建の大きな屋敷・・・裕福な貴族でした。
25部屋もあるその家は残っています。

トラップ一家には、7人の子供がいました。
長男・ルーペルト、長女・アガーテ、次女・マリア、次男・ベルナー、三女・ヘートビック、四女・ヨハンナ、五女・マルティナ・・・。
父は、第一次世界大戦で数々の名を残す英雄、ゲオルグ・フォン・トラップです。
31歳の時、貴族令嬢だったアガーテと結婚、多くの子供たちに恵まれました。

しかし、アガーテは、若くして病気で亡くなってしまいます。
マリアが7歳の時でした。

残されたのは7人の子供でした。
父は、男手ひとつで子供たちの面倒を見なければなりません。

育ち盛りの子供たちの為に、ある道具を使います。
映画でも有名なシーンですが・・・「笛」です。

かつて潜水艦の艦長だった父は、命令するときに笛を使っていたのです。
家や庭が広かったので、同じようにしたのです。

他にも、父が得意だったのは音楽・・・。
どんな楽器でも教えてくれました。
兄弟たちは、みんな楽器が弾けるようになりました。

エーデルワイス・・・映画の中にある歌も、子供たちに歌で母のいない寂しさを慰めていました。
そんな生活が4年続き・・・

ある日、ひとりの女性がやってきます。

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映画では、ジュリー・アンドリュース演じるマリア。
実在の家庭教師は「マリア・クチェラ」。

ウィーンで生まれて、幼くして孤児になった修道女を夢見る少女でした。
ノンベルク修道院、ここに修道女見習いとして身を寄せました。
ここは、ヨーロッパでもっとも古い、女子修道院で、厳しい戒律の下生活をしています。

20歳になって、マリアは付属学校で先生として教壇に立ちます。
よくみんなで歌を歌ったそうです。
明るくて面倒見の良かったマリア先生。
マリア先生は、とても元気な先生で、生徒と一緒に悪さもしました。

お行儀よく降りなくてはいけない階段を・・・またがって下りたり・・・
自由奔放なマリアは、映画とそっくりなお転婆なマリアでした。

ついにマリアは、自分は修道女には向いていないとして、修道院を後にします。
が、身寄りがないので、友人の家に身を寄せて、仕事を探します。
教師の仕事を探しました。

トラップ男爵が、病弱で学校に行けない娘、マリアの為に、家庭教師を探していることを知ります。
孤児として暮らしてきたマリア。。。
舞い込んできた仕事は、オーストリアでも名だたる貴族、トラップ家の家庭教師でした。

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初めてトラップ家に行く日・・・
来ていく服がない!!と、慌てたそうです。
貴族の家で働くことを、不安に思っていました。
1926年の秋、21歳のことでした。

友人の服を借りてやってきたトラップ家・・・
格式高い一家です。
マリア、2人は同じ名前でした。

マリアは教科書だけでなく、ギターも持ってくる、一風変わった家庭教師でした。
学校とは違い、散歩をしたり、野原で教えたり・・・自由な教え方で教えてくれました。

映画「サウンド・オブ・ミュージック」そのままの不思議な魅力に溢れていました。
子供たちは、マリアに惹かれていきます。

純真で、想像力豊かなマリア・・・
映画では、そんなマリアにトラップ大佐がに惹かれていきます。

実在のゲオルクも、ひとりの女性として見るようになります。
2人は結婚を意識し始めます。
しかし、気がかりは、7人の子供たちが二人を受け入れてくれるかどうか・・・

家庭教師としてやって来てから1年後、2人は結婚しました。
25歳の年の差でした。

これからは、トラップ家の母としての生活が始まったのです。

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母・マリアが教えたのは、合唱でした。
ひとりひとりの歌声が重なるとハーモニーになる・・・そう教えてくれたのは、マリアでした。

年齢も、性格も違う7人の子供たち・・・
そんな子供たちの面倒を見るマリア。
長男とは、5歳しか離れていませんでした。
大変だったようです。

しかし、母・マリアが外に連れ出してくれるようになって、病弱なマリアも健康になっていきます。
本格的に音楽を志すようになって、音楽学校・モーツアルテウムに進学します。
習い始めたのはピアノ。。。同級生には、カラヤンがいました。

裕福な貴族な暮らし、楽器を演奏して楽しむ家族の生活が・・・
一変します。
1929年世界大恐慌です。
ヨーロッパ各国で倒産が相次ぎ、失業者が増えます。
1932年全財産を預けていた銀行が倒産します。

裕福だった一家は、無一文になってしまいました。
父は、莫大な財産を一瞬で失ったのです。

マリアは一家の為に、何かをしなくては・・・
と。。。
知恵を絞って、屋敷の一角を礼拝堂に作り替えました。
使用人たちに暇をだし、その空いた部屋に神学校の生徒に貸したのです。
家計の足しにしました。

そのミサにひとりの神父がやってきます。
フランツ・バスナー神父です。
この神父との出会いが、一家の運命を変えることになります。
一家の歌声を磨こうと、住み込んだのです。
歌の指導をするバスナー神父は、音楽家。本格的に指導していきます。

もう一人・・・部屋を借りに来た女性が・・・
ロッテ・レーマン、アメリカで大活躍していたドイツ屈指のソプラノ歌手でした。
世界的な大歌手を前に・・・
歌って見せました。
歌のコンクールに出ることを勧められます。
翌日、そのコンクール・・・
今までは、屋敷のなかだけでした。でも、この日初めて大勢の観客の前で歌いました。
見事、一家は優勝します。トラップ一家聖歌隊の誕生でした。

この優勝が・・・
芸能プロデューサーの目に止まり、ヨーロッパ各地をコンサートして回ります。
そのコンサートは大成功となりました。

トラップファミリー聖歌隊は、楽器もこなします。
その名声は、ヨーロッパ中に広まりました。

1933年ドイツでは、ドイツ労働者党が第1党となりました。ヒトラー率いるナチスです。
ユダヤ人や、ナチスに反対するカトリック信者が追放されていました。

1938年3月、オーストリアが一変します。
真夜中に、ザルツブルク中の鐘が鳴り響きました。異例のことです。

ドイツの侵攻の知らせでした。
首相は降伏しました。。。


オーストリアは、ドイツに併合しました。
失業者が多かったオーストリアでは、ナチスを支持するものもいました。
街には鍵十字がはためきます。

しかし、父・ゲオルクは、祖国を愛していたので、反ナチスを貫いていました。
ナチスの手は、身近なところに・・・。
執事のハンス・シュワイガー・・・。
長年トラップ家に仕えていました。彼を頼りにしていたのに・・・ナチの党員だったのです。
ナチの党員だったハンスには、一家を監視する役目がありました。

さらに事態は深刻化・・・
ユダヤ人や、障害者に対する迫害が始まりました。

父・ゲオルクに召集令状が来ます。
ナチスの為に戦う!!それは、ゲオルクにとって耐え難いものでした。

マリアにも・・・
ヒトラー総統の前で、トラップ一家聖歌隊に歌ってもらいたい。と。
一家をナチの宣伝に使おうというのです。
とにかく断りました。

いつまでこの圧力に耐えられるのか・・・???

アメリカからコンサートの依頼がありました。
そのことを知った執事のハンスが・・・。
「アメリカに行けるチャンスがあるなら、すぐに行ってください。
 国境は封鎖されます。」と。。。教えてくれました。
ナチ党員だったハンスが助け船を出してくれたのです。

家族会議が行われ・・・

「今、アメリカに行くことは亡命と同じ・・・。
 二度とこの地には帰ってこれないだろう。。。」

全員一致で決定し、コンサート用の荷物と一緒に、ザルツブルクを後にします。
新たな世界の冒険心と共に出発します。

映画では、アルプスを越え、歩いてオーストリアを脱出します。

本当のトラップ一家は電車でオーストリアを後にします。
北イタリアに行って、イギリスに渡り、客船に乗り込みます。
目指したのはアメリカでした。
期待と不安に満ちた10日間の船旅でした。
新天地・アメリカ、本当の波乱の人生がここから始まります。

一家がニューヨークに到着したのは1938年10月。
摩天楼がそびえたつアメリカ、街には活気がありました。
家族12人の所持金は、わずか4ドルでした。
この国で生きていうためには歌しかありません。

黒ずくめの衣装にバッハ、それがトラップ一家でした。
しかし、一家の古風なスタイルはうけません。
アメリカでは、ブロードウェイが流行っていました。

興行主は忠告します。「SEXアピールが足りません。」
したことのない化粧をするようになりました。

母マリアは、名前を変えました。
1940年「トラップ・ファミリー・シンガーズ」の誕生です。

アメリカ各地のフォークソングを研究し、旅をしながら興行します。
大都会のホールから、田舎町の公民館まで・・・
しかし、コンサートを重ねても、渡航の費用やコンサート費用を立て替えてもらっているので、それを返済すると、生活は楽にはなりません。。。

もっと、聴衆を引き付けるようにしなければ・・・
大家族の行く末は、マリアにかかっていました。
観客とのコミュニケーションの為に、母が家族を紹介します。

全米を回って、歌を届ける生活。。。旅から旅の生活でした。

そこにまたもや戦争の影が。。。
1941年12月、真珠湾攻撃勃発、市民が兵隊に志願していきます。
ナチスの支配する地からやってきたトラップ一家は、敵性外国人に登録されました。
オーストリアの衣装に身を包み、ドイツ語で歌う・・・嫌でも目を惹きます。
ナチスかもしれない・・・と、警戒されました。
FBIもやってきて捜索したそうです。

いわれのない疑いの目・・・
市民権を得る申請をします。
求められるのは、アメリカへの忠誠でした。

そして、長男・次男は、兵隊に志願します。
彼らが送られたのは、ヨーロッパでした。

山岳部隊の一員として、祖国オーストリア人と戦わなければなりませんでした。
いえ・・・ナチスと戦ったのです。敵はナチスでした。

バーモント州のストウ・・・そこに家を建てました。
そこには今、後に家族で経営したトラップファミリーロッジがあります。

このホテルには、海外からも多くの人が訪れます。
映画を観た人たちが来てくれるそうです。
ロッジのあちこちには、写真が飾ってあります。

一家がバーモントにたどり着いたのは、アメリカにやってきて3年目のことでした。
オーストリアに似た土地。。。ここに私たちの家を建てましょう。。。そういったのは、母・マリアでした。
オーストリアでは貴族だった一家が、見よう見まねで家を建てます。
コンサートも女性だけで努めます。
仕事も歌も、何もかもが家族と一緒でした。

我が家を建てた一家は、畑も作ります。
コンサートの傍ら、自給自足の生活が始まります。
何でも楽しみながらやる!!
そうして生活しました。

そして、その生活の中心には歌がありました。

歌うこと・・・農作業・・・みんな一生懸命でした。

豊かではなかったけれど、十分な生活でした。
ひとりはみんなの為に、みんなは一人の為に・・・
そんな生活を続けました。

1943年アメリカを代表する雑誌ライフはナチスに反対してやってきたこの一家を特集しました。
この一家を戦争中の家族のモデルとしたのです。
次第に、アメリカの人々に受け入れられていきます。

そして、1945年第2に世界大戦が終わると長男と次男が帰ってきました。

どんな困難にも負けなかった家族。。。
トラップファミリーロッジの一角には、家族のお墓があります。

その中央に、父・ゲオルクが眠っています。
1947年67歳で死去。
ナチスに反対して、家族をアメリカへ導いた父・・・合唱団を裏で支えていました。
願っていた市民権を得たのは、父の死から1年たったころでした。

その後、世界各地でコンサートをします。
そのほとんどは、病院や恵まれない施設を訪ねる慈善事業でした。

1956年トラップファミリーシンガーズ解散・・・
子供たちがそれぞれに結婚し、いろいろな道を歩み始めていたからです。

長男・ルーペルトさんは医者として、長女・アガーテさんはストウの町に初めての幼稚園を開きました。
次男のベルガーさんは酪農家として、三男のヨハネスさんは、トラップファミリーロッジの支配人です。
妹たちも、結婚したり、教会の仕事を手伝ったり・・・

母マリアは、孫たちに囲まれて、82歳の生涯を閉じました。

1965年、母マリアが書いた自伝をもとに、「サウンド・オブ・ミュージック」が公開されました。
歌を愛し、家族で支え合った物語は、世界の人々に知られることになりました。


マリアさんは、42歳の時にパプアニューギニアに渡り、30年もの間宣教師として過ごします。
それは、子供のころからの夢でした。
そこで、最高の時間を過ごします。

そして、90歳を超えた今、マリアさんがしている仕事は・・・
オーストリアの歌をアメリカの子供たちに紹介するために、本を編纂しています・
「サウンド・オブ・チルドレンズ・ミュージック」です。

表紙をめくると、トラップ一家の写真が・・・。

ナチスに反対し、オーストリアを出てアメリカにやってきて・・・
歌を歌いながら生きてきたことを、伝えるために・・・。
今も大好きな歌と共に生きています。


歌のある生活って、本当に素晴らしい事だと思います。
心の栄養になって、やさしさとなるのだと思います。黒ハート

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posted by ちゃーちゃん at 12:42| Comment(0) | テレビ番組 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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