2012年05月01日

泥の河

「泥の河」を観ました。

宮本輝さんの原作です。小栗康平監督の映画です。

川三部作 泥の河・螢川・道頓堀川 (ちくま文庫) [文庫] / 宮本 輝 (著); 筑摩書房 (刊)
川三部作 泥の河・螢川・道頓堀川 (ちくま文庫) [文庫] / 宮本 輝 (著); 筑摩書房 (刊)

まだ戦後の焼け跡の匂いを残す河っぷちで、食堂を営む家族がありました。
お父さんは田村高廣・お母さんは藤田弓子さんです。二人とも良い感じの大阪弁で、食堂の人の良い夫婦って感じが良く出ていました。


その一人息子である9歳の信雄はある雨の早朝、橋の上で鉄くずを盗もうとする少年、喜一に出会いました。
その日川につながれた、みすぼらしい宿船の少年でした。

舟の家には銀子という11歳の優しい姉と、板壁の向こうで声だけがする姿の見えない母がいました。
友達になったことを父、晋平に話すと、夜はあの舟に行ってはいけないといいます。

でも、人の良い夫婦とその子供は、舟に住む姉弟と仲良くなっていきます。

楽しみにしていた天神祭りの日、お金を落としたことでしょげ返る信雄を慰めようと喜一は、夜、舟の家に誘います。

泥の河に突き刺した竹箒に蟹の巣があり、喜一はその宝物である蟹にランプの油をたらし、火をつけて遊び始めました。

船べりを逃げる蟹を追った時、信雄は喜一の母の姿を見ました。

その母は・・・刺青の男と一緒の妖艶な母。舟は廓舟と呼ばれていたのです。

見てはいけないものを見てしまった信雄、見られてはいけないものを見せてしまった喜一・・・。

翌日、舟の家は岸を離れていきました。

信雄は曳かれていく喜一の舟を追い続けて・・・

初めて生きることの悲しみを身に染みて感じるのでした。


ほんの少し前のことなのに、こんなにも日本人は貧乏に過ごしていたんだなあ。。。と、感じます。
ただ、先日観た健さんの映画「冬の華」もそうでしたが、普通の人間とそうでない人間。素人と玄人の区別というか、自らが引く一線というのがあって、今はそんなのもごちゃまぜですよね。そこが美学でないというか、もの悲しさを醸し出せないのかなあ・・・。まあ、悲しさは出さなくってもいいのかしら?


今回は、加賀まり子さん演じる喜一の母。話の中ではなかなか出てきません。声だけの役かと思っていたら、出てきた加賀まり子さんは本当にきれいで妖艶でした。まさに、おひさまの元では見てはいけないようなそんな感じ。

で、公然の秘密ですが・・・親友に知られてしまったということが別れに繋がるという、本当に悲しい作品でした。

おまけに信雄の両親のいい人ぶりが、余計に悲しさを誘います。
子供はこうやって大きくなっていくんだなあ。。。と、思いつつ。

最近の作品では、何もかもあからさまにしてしまいがちで。
この作品も、黙して語らずというか、何かを感じられる人と何も感じられない人と、二つに分かれそうです。


でも、それが日本映画の面白いところだと思うのですがどうでしょうか?

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posted by ちゃーちゃん at 15:21| Comment(0) | 邦画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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